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風景画19.成田土産名所尽 行徳新河岸市川 (なりたみやげめいしょづくし ぎょうとくしんかしいちかわ)

最終更新日:平成25(2013)年11月2日(土)印刷

歌川広重(三代) (うたがわひろしげ)
明治23年(1890)/縦17cm×横24cm・1帖10枚



「成田土産名所尽」は、東京から成田への道筋にあたる東京深川新大橋蒸気船発着場、市川の渡し、行徳新河岸、船橋大神宮、習志野松原、大和田駅、臼井、佐倉、中川(酒々井付近)及び成田本山の中判風景版画10枚を1冊に綴じたもの。明治中期に於ける東京人士の成田参詣沿道の風物を知る好資料。鉄道開通の4年前の光景である。参詣者の多くは、通運丸という外輪船に乗って行徳まで来て、後の陸路は、人力車か徒歩で成田をめざした。
江戸時代から明治前半まで、江戸・東京の人が成田参詣に出かける場合に最も速く楽なのが、日本橋小網町から出ていた行徳船(長渡船)で小名木川・新川を通り、行徳で下船して陸路を行くコースであった。そのため行徳は、「戸数千軒寺百軒」と称され、成田参詣の講中で大変繁盛した。新河岸とあるのは、江戸時代前期の河岸から少し下流に新河岸が設けられたため。常夜塔は、文化9年(1812)に航路の安全を願って成田山に奉納されたもので、現在市川市指定文化財になっている。
画は、行徳新河岸に停船中の第1号通運丸を描いている。第1通運丸は、上利根川方面に航行していた船で、この作品の制作年である明治23年に三代目の船が新造されている。行徳は、行徳航路の終点でもあった。