ホーム >> 図書館デジタルギャラリー >> 風景画21.成田土産名所尽 ならし野松原旧小金ヶ原 (なりたみやげめいしょづくし ならしのまつばらきゅうこがねがはら)

風景画21.成田土産名所尽 ならし野松原旧小金ヶ原 (なりたみやげめいしょづくし ならしのまつばらきゅうこがねがはら)

最終更新日:平成25(2013)年5月17日(金)印刷

歌川広重(三代) (うたがわひろしげ)
明治23年(1890)/縦17cm×横24cm・1帖10枚



「成田土産名所尽」は、東京から成田への道筋にあたる東京深川新大橋蒸気船発着場、市川の渡し、行徳新河岸、船橋大神宮、習志野松原、大和田駅、臼井、佐倉、中川(酒々井付近)及び成田本山の中判風景版画10枚を1冊に綴じたもの。明治中期に於ける東京人士の成田参詣沿道の風物を知る好資料。鉄道開通の4年前の光景である。参詣者の多くは、通運丸という外輪船に乗って行徳まで来て、後の陸路は、人力車か徒歩で成田をめざした。
小金原の一部である大和田原では、明治6年に明治天皇統監の下で近衛兵の演習が行われ、天皇から「習志野ノ原」と命名された。まもなく陸軍練兵場として全国に知られる存在となった。画の場所は、現在の船橋市郷土資料館周辺である。現在の千葉県北部の大地の多くは、江戸幕府直轄の広大な馬の放牧場であった。その大半は新政府の政策で、明治初期に開墾され畑作の農村に生まれ変わった。しかし、別の用途に使用された土地もあって、現船橋市中央部から習志野市北部の土地は、陸軍の演習場「習志野原」となった。