ホーム >> 図書館デジタルギャラリー >> 相撲絵3.稲川荒馬取組之図 (いながわあらうまとりくみのず)

相撲絵3.稲川荒馬取組之図 (いながわあらうまとりくみのず)

最終更新日:平成25(2013)年5月17日(金)印刷

歌川国貞 (うたがわくにさだ)
天保年間(1830~1844)/縦38cm×横25cm



稲川と荒馬の取組みの画。左まわしを持ち必死に攻める、それを右で首を抱え、左足を相手の右足にかけ堪える。稲川・荒馬白熱の攻防である。稲川政之助は、佐倉市臼井台の出身で、文政13年3月初土俵、最高位は関脇。四股名は、はじめ「高瀬川」、三段目で「関谷野」に改名。天保7年入幕、8年正月から「麻ヶ嶽」、翌年10月に「稲川」となる。大関秀の山(のちに横綱)の好敵手として知られ、互角の戦績を残している。11年10月一躍関脇となり、以後上位で活躍した。強い関脇で人気のあった力士で、数多くの錦絵が残されている。